2005年08月03日

永久の未完成

真面目な話をする。

生けとし生ける全ての人間は、この世に生を受けた瞬間から死という終点に向かっての止まる事の許されない歩みを始める。

人生というのは単にその過程にすぎない。

つまりは、

人間は死という崩壊の日を迎えるべく生まれてくるのである。

極論すると死ぬ事が人生のゴールという事になるのだが、

神様はなかなかに残酷で、

いろいろな倫理観やエゴを植えつけては人間がすぐに死んでしまう事を阻害しようとするわけである。

きっと人間がこの世で右往左往するのを見て楽しんでいるのだろう。

したがって、人間は本来無常な存在である。

エゴや倫理観を植えつけられた大人たちが祝福する中で

まっさらな赤ん坊だけが生まれたときに泣いているのは、

きっと本能的に己の存在の無常さを自覚してのことにちがいない。


これは何も人間に限った事ではなくて、

この世にあるありとあらゆる生物や物質は、その誕生や完成とともに崩壊への道を歩み始める。

人間は己の存在を自問できるという事くらいしか他の存在に対しての優位性がない。


したがって、人類史を回顧してみるとさまざまな人々が存在の無常さへの思いをめぐらしてきた痕跡を垣間見る事が出来る。


たとえば。

今は単なる観光地に成り下がってしまった感のある日光東照宮には陽明門という門がある。

この陽明門には12本の柱があるのだがその内1本だけ『魔よけの逆柱』と呼ばれ他の11本と模様がさかさまに彫られている。

これは、12本全部を同じ模様であえて完成させない事によって完成後に訪れる崩壊を防ぐという呪術的な意味合いを持っている。

つまりは、

完成したものが崩壊に向かうのならば完成させなければよいのだ

という考えである。

陽明門が有名ではあるが東照宮にはこの手の意匠で敢えてデザインを完成させていないところが多く見受けられる。



たとえば。

宮沢賢治は『農民芸術概論綱要』の結論部分で次のように記述している。

われらの前途は輝きながら険峻である
険峻その度ごとに四次芸術は巨大と深さを加へる
詩人は苦痛をも享受する
永久の未完成これ完成である


このように

完成は崩壊への始まり、無常なる未来への第一歩なのである。


つまり

結論として何を言いたいのかというと


小生がサイトのリニューアル& 移転を予定日を過ぎても終わらせないのは


完成によってその後に来るであろう崩壊の日を回避するためである


・・・・・・・どうです?

もっともらしいでしょう?

小生、昔から言い訳だけは得意だったのである。

よって今書いた事は本当に思っているわけではなく適当なのでご了承ください。


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posted by れいえん at 07:04| Comment(10) | TrackBack(0) | サイト作成希望編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
うー 真面目に読んだ俺が馬鹿だった_| ̄|○

途中までものっそいい事書いてあったのにw
Posted by ポン助 at 2005年08月03日 08:04
>ポン助さん

どうも申し訳ないです。

性格的に最後にひっくり返す事を前提としたときじゃないとよさげな文章が書けないです(笑)

フォローしとくと、まったく思っても居ない事は書けないので、小生のうちのごく一部分にはそういう意見も入っているのでしょう。
Posted by ににっち at 2005年08月03日 14:45
途中から「・・・で、ににっちさんサイトのトップページに右往左往中ですね。」と突っ込みを入れてしまったアタシは
ににっちらーなのでしょうか?(汗)
Posted by 響子 at 2005年08月03日 14:57
今日も遊びに来ました〜。


どこかの考え方に、
生を哀れみ、死を祝福する考え方があるそうです。

死が忌むべきものであるからこそ、
死を迎える事となる生を哀れむそうで、
忌むべき死を終えた事で、
死を祝福するのだとか。

ににっち様、
崩壊の『一歩手前』ではなく、
『一歩先』はいかがでしょうか?(笑)
Posted by ひかた at 2005年08月03日 15:37
ににっちさんこんばんは(^-^)

>途中から「・・・で、ににっちさんサイトのトップページに右往左往中ですね。」

私も途中でそう思いました(笑)
わたしももしかして「ににっちらー」ですか?(笑)
Posted by みさ at 2005年08月03日 22:58
ににっちさんこんにちは

この記事面白いですね。
会社で爆笑しちゃいました。

哲学風味で考えさせられ、
知識と教養でへぇ〜なるほどと思わせておいて、

最後に落とす。

オチがあることを予想しないで読んでいたので、
やられたって感じです。

壮大とも言えるような話から、自分のHPの言い訳への落差が面白いですね。

いや、この人生や死といった一見重いように思えるテーマは実は言い訳だったというどんでん返し感が秀逸です。
Posted by taro at 2005年08月04日 10:25
>響子さん

落ちまでなるべくそう思われないように、話を大きくして煙に巻こうと思っていたのですが、どうしても完成という単語を使わざるを得なくて、途中から半分あきらめました。

そう思ってしまった響子さんはかなりのににっちらーで小生は敗北であります。
Posted by ににっち at 2005年08月04日 13:54
>ひかたさん

死を祝福するという考え方は小生素敵だと思います。
短絡的に死ねばよいという事ではなくて、残された人々の心のあり方として。

崩壊を超越したらいったい何が待ち受けているのでしょうか?まぁ、サイトなんて完成させなくてもサーバーにお金を払わなければ無くなるのですが(笑)
Posted by ににっち at 2005年08月04日 13:58
>みささん

みささんにも小生は敗北しましたか(笑)

敗北しましたが途中で気づいていただけるということは、大方の人にとってどうでもよいであろう小生のサイト移転のお話を心に止めてくださっていたということなので、微妙に嬉しかったりもします。

しかし、ににっちらーって微妙にごろが悪くて素敵です(笑)
Posted by ににっち at 2005年08月04日 14:02
>taroさん

そこまで喜んでいただけると書いてよかったです。
小生もこの記事は書いている最中楽しかったです。真面目ぶるのが(笑)

言い訳としてなら真面目っぽい話や引用がほいほいと浮かんでくる小生は人間としてどうか?とも思いますが、人間追い詰められるとどんな言い訳でも浮かんでくるものです。

言い訳を考えてる時点でもう負け犬なのですけれども(笑)
Posted by ににっち at 2005年08月04日 14:08
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